しなやかな背中に眠るエデン

歯がゆさも抱きしめながら

サヨナラのかわりにありがとうを。



儚げでかわいそうで今にも消えてしまいそうな二宮くんが好きだ。私がファーストインプレッションで彼に惹かれたのはきっとそこだ。だけど腹黒さや天の邪鬼を装いつつ『嵐の嫌われ者になる』『嵐に還元していきたい』と語る芯の強さを持った二宮くんも知っている。

二宮くんだけしか見えない狭い世界がとても輝いていた。私にとっていちばん大切な人だった。私の“好き”は二宮くんのためだけにあると信じて疑わなかった。


だけど私は二宮くんから担降りする。


理由は他に応援したいと思える人ができたからだ。
ここまで答えを導き出すのにわりと時間はかからなかった。ここ数年、ヲタ卒を意識し続けたからかもしれない。二宮くんのことは好きだけど、すきだからこそつらいこともいっぱいあった。

二宮くんだけを好きだった15年が泡となって消えていくようで怖かったけど、もう私の中に“二宮くん一筋”は無くなったように思う。すくなくとも二宮くんに近い将来訪れる結婚を二宮担として迎えなくて済むことに安堵している。最低なファンでごめんなさい。


本当は掛け持ちでどっちも応援したかった。周りの掛け持ちやDDがうらやましいとも思った。ただ、どっちつかずの中途半端な自分がとても嫌だった。どっちも好きは私の選択肢にはなかった。これはバカな私なりの美学なのだろう。


飽き性な私が15年も二宮くんを好きでい続けられたのは他でもない二宮くんのおかげだ。私は二宮くんのことを嫌いになったりしない。嫌いになったから降りるんじゃない。好きだからこそ中途半端な自分にケジメをつける。


今、宇多田ヒカルさんの初恋を聴きながらこれを書いている。とても悲しくて泣きそうな自分がいる。きっと二宮くんは私にとって初恋の相手だ。もしも二宮くんに出会わずにいたら私はただ生きていただけかもしれない。
2003年の夏に二宮くんと出会い、二宮くんを好きになった自分を褒めてやりたいとさえ思う。


今、新しい沼に足を踏み入れている。知らないことをたくさん知っていく過程がこれほどに楽しいものだと思い出させてくれた二宮くんに感謝している。


私は何万もいる嵐ファン、二宮担のうちの1人にしかすぎない。私1人が応援しなくなったからといって何の痛手にもならない。だからといって今応援しているグループのファンになったところでなんの影響力にもならない。それにJr.時代を知らないことで傷付くことも多いだろう。永遠の新規と言われても仕方がない。

あくまでもこれはただの趣味だ。


だけど彼らは私の生きる糧だ。


二宮くんに大好きだったよもさよならも言えない。言う必要もない。 届かなくていい。私の二宮くんへの愛は私自身で完結させる。



これからも嵐と二宮くんの活躍を祈っています。好きでいさせてくれてありがとう。